キリスト教から見る「 お金!! 」

お金は神様からの預かりもの?
キリスト教三大教派が教える「お金」との向き合い方

はじめに — お金は「持つもの」でしょうか、「預かるもの」でしょうか

私たちは毎日、お金を使いながら生活しています。
働いて得る収入、貯金、支払い、寄付――お金はとても身近な存在です。

では、キリスト教では「お金」をどのように考えているのでしょうか。

キリスト教では、お金そのものを悪いものとは考えません。
ただし、お金への執着や独り占めには、とても慎重です。

共通して語られるのは、
「富は神様からの預かりもの」
そして
「どう使うかが大切」
という考え方です。

ここからは、
カトリック・プロテスタント・正教会
という三つの教派ごとに、やさしく見ていきましょう。

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まず共通する考え方|聖書が伝えるお金の基本

富は「神様からの預かりもの」

聖書では、
この世界のすべては神様のもの
と考えられています。

つまり、お金や財産も
「自分だけのもの」ではなく、
神様から一時的に預けられているものなのです。

だからこそ、
・独り占めしない
・困っている人に目を向ける
・社会のために使う

こうした姿勢が大切だと教えられています。

お金そのものより「心の向き」が問題

聖書が戒めているのは、
お金そのものではなく、
お金に心を支配されてしまうことです。

特に、
・弱い立場の人から高い利息を取ること
・富を持ちながら、困っている人を無視すること

これらは、はっきりと注意されています。

🕯️ カトリック教会 — 富には「社会的な責任」がある

カトリック教会では、
お金や財産を社会全体のためにどう使うかがとても重視されます。

富は「共通善」のために使うもの

カトリックは、
個人が財産を持つことを認めつつ、
それは
みんなが人間らしく生きるための条件(共通善)
のために使われるべきだと教えます。

特に大切にされるのが、
「貧しい人々のための優先的な選択」

困っている人、弱い立場の人を
社会全体で支えることが、信仰の実践だと考えます。

献金の考え方

カトリックの献金は、
・教会の維持
・貧しい人への支援
・世界中での救援活動

などに使われます。

「多く出すこと」よりも、
愛と責任をもって差し出す心が大切にされています。

📖 プロテスタント — 働くことそのものが神様への奉仕

プロテスタントでは、
仕事そのものが神様から与えられた使命(天職)
と考えられます。

勤勉に働くことは信仰の表れ

毎日の仕事に誠実に取り組むことが、
神様への感謝の表現だとされます。

得た収入についても、
・無駄遣いをしない
・必要なところに生かす
・社会や教会のために用いる

このような姿勢が重んじられます。

献金は「感謝の応答」

プロテスタントでは、
献金は「義務」ではなく、
神様への感謝のしるしと考えられます。

教派によっては
収入の10分の1を捧げる
「什分の一献金」を大切にするところもありますが、
何よりも
自分の意思で、喜んで捧げること
が重視されます。

🌅 正教会 — 富よりも「心の清らかさ」を大切に

正教会では、
お金や成功への強い執着は、
心を曇らせるものと考えられます。

貧しい人は「キリストの姿」

正教会では、
困っている人、貧しい人を
「キリストの姿(イコン)」として見ます。

そのため、施しや助け合いは、
キリストご自身に仕えることだと考えられています。

献金は祈りとともに

正教会の献金は、
礼拝(奉神礼)の一部として行われ、
共同体を支え、必要な人を助けるために使われます。

金額よりも、
心から差し出すことが何より大切です。

まとめ — お金は「愛を形にするための道具

三つの教派は、それぞれ違いがありますが、
共通しているのは次の考えです。

お金は神様からの預かりもの
どう使うかが、その人の信仰を映す

お金は目的ではなく、
人を支え、社会をよくするための道具

自分に与えられたものを、
恐れず、独り占めせず、
愛をもって用いる――
それが、キリスト教が教える
お金とのやさしい向き合い方なのかもしれません。

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