なぜ世界には「利子のある経済」と「利子のない経済」があるの?


はじめに
私たちの生活に欠かせない「お金」。
銀行に預けたり、ローンを組んだり、当たり前のように使っていますよね。
でも、もし
「お金を預けても利子がつかない」
「その代わり、借りても利子を払わなくていい」
そんな世界があったとしたら、どう感じるでしょうか?
実はそれ、空想ではなく、今この世界で本当に動いている経済の仕組みなんです。
今回は、私たちがよく知る資本主義と、全く違う考え方を持つイスラム金融について、その共通点と違いを、歴史をたどりながらやさしく見ていきましょう。

意外な共通点:昔はどちらも「利子」を禁じていた
今ではまったく違うように見える、資本主義とイスラム金融。
(資本主義はキリスト教の、プロテスタントから始まっています。)
でも実は、驚くほど似た場所から始まっていました。
それは、「お金を貸して利子を取ることは良くない」という考え方です。
昔のキリスト教も、イスラム教も、利子は「汗をかかずに得る不当な利益」だと考えていました。
お金に困っている人が、さらに苦しくなってしまう。
お金持ちだけが、どんどん豊かになってしまう。
そんな社会を防ぎたいという、とてもやさしい思いが根っこにあったのです。

なぜキリスト教世界は「利子」を認めるようになったの?
では、なぜキリスト教の世界は、今の資本主義につながっていったのでしょうか。
中世ヨーロッパでは、長い間、教会が利子を厳しく禁止していました。
しかし16世紀、商業が発展し、人々の暮らしや仕事の形が大きく変わっていきます。
そこで登場したのが、ジャン・カルヴァンという思想家です。
彼はこう考えました。
- 困っている人から高い利子を取るのは間違っている
- でも、ビジネスを成長させるための「正当な利益」としての利子は別ではないか
この考え方が、大きな転換点になりました。

さらに時代が進み、社会学者マックス・ウェーバーは、「仕事は神から与えられた使命であり、得た富は次の仕事に活かすべきだ」と説明します。
こうして少しずつ、利子は「悪」ではなく、経済を動かす力として受け入れられていったのです。
イスラム金融は、なぜ今も「利子なし」なの?
一方、イスラムの世界では、1400年以上もの間、利子を禁じる教えが一貫して守られてきました。
その中心にある言葉が、「リバー(Riba)」です。
これは「増える」という意味で、一般的に利子と訳されます。
聖典クルアーンには、「神は商売を許し、リバーを禁じた」とはっきり書かれています。
イスラムの考え方では、お金そのものが価値を生むわけではありません。
価値を生むのは
- 人の労働
- 商売や事業の活動
だから、何の努力やリスクもなく、時間が経つだけでお金が増える仕組みは不公平だと考えられるのです。
リスクを分かち合う、イスラム金融の考え方
イスラム金融は、ただ利子を禁止するだけではありません。
その代わりに、とても合理的で倫理的な仕組みを持っています。
大切なのは、リスクの共有です。
銀行は「お金を貸す人」ではなく、事業を行う人と一緒に挑戦するパートナーになります。
- 成功したら、利益を分け合う
- 失敗したら、損失も一緒に分担する
誰か一人だけが、重いリスクを背負うことはありません。
さらに、取引は必ず土地や商品など、実体のあるものと結びつきます。
お金だけでお金を増やすような、投機やギャンブル的な取引は避けられるのです

家を買うとき、何が違うの?
例えば、家を買う場合。
イスラム金融では、銀行がまず家を購入し、その家をお客さんに販売します。
価格は最初に合意し、お客さんは分割で支払っていきます。
ここで重要なのは、銀行は「お金を貸している」のではなく、家を売って利益を得ているという点です。
だから、その利益は利子ではなく、正当な商売の利益なのです。

2つの仕組みは、今の世界でどう共存しているの?
資本主義とイスラム金融は、まったく別の世界にあるわけではありません。
現代では、グローバルな資本主義の中に、独自のルールを持つ仕組みとして共存しています。
イスラム銀行や、イスラム法に沿った債券「スクーク」は、中東やマレーシアなどで大きな市場を持っています。
これは、信仰を大切にしながら、世界経済に参加するための橋とも言える存在です。


おわりに
資本主義とイスラム金融は、同じ場所から出発しながら、違う道を歩んできました。
でも今、世界は再び「お金と倫理の関係」を考え直しています。
リスクを分かち合い、実体経済を大切にするイスラム金融の考え方は、これからの社会に、大切なヒントをくれるのかもしれませんね。


